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押入れを考えてみる

こんにちは。エクスペリエンスの平尾です。

今回は、押入れについて考えてみたいと思います。


日本の伝統的な住居では、押入れに物をしまいます。
押入れは、通常間口一間、奥行半畳の大きさです。表には襖2枚あるいは板戸2枚を引違いにたてると、布団を入れるのに、ちょうどいい大きさになります。

押入れがいつ現れたのか確かなことはわかりませんが、綿を入れた布団が拡まるのと、住まいに押入れがつくられるようになるのと、同じ時期のようです。布団を入れるために、押入が庶民の家にもつくられるようになったのかもしれません。


押入が庶民の住まいにも見られるようになるのは、江戸時代のことになります。もっとも江戸時代初期に当たる、17世紀の庶民の住まいに関わる史料はほとんどありません。

一村全体の平面図が残されている1712年(正徳2年)の横倉村(栃木県)では、多くの家に物置と名付けられた部屋がありますが、押入に相当する部分は見つかりませんでした。


栃木の農村では、1823年(文政6年)頃の田中村の場合に、ようやく押入という名称がでてくるようになるのですが、その押入も奥行半間とは限らず、奥行が一間ある1坪から2坪あの広さの場合もありました。
このことから推察すると、関東の農村に押入が定着するのは幕末頃になったと思われます。


侍の屋敷では1751~64年(宝暦年間)の弘前にあったほとんどの侍屋敷の平面図を集めた『御家中屋敷建家図』をみると、その頃の弘前の侍の家では、押入は一般的でなかったことがわかります。
押入のある家は少なく、それにかわって4畳から8畳くらいの物置と名付けられた部屋がありました。


上層の武家である大名屋敷や公家屋敷の場合は、おおよそ1700年前後になると、押入が目につくようになります。上層階級の屋敷の場合、押入ができる前は、どうしていたのでしょうか?

そのような屋敷では、季節によってかえるもの、儀式などでたまにしか使わないものは、土蔵に収めていたと思われます。日常的な布団などは、裏長屋では部屋の片隅にたたんで重ね、それほど丈の高くない屏風で囲ったりしていました。


こうしてみると押入の歴史はそれほど古いものではなく、布団の使用と一緒と考えられます。
現在のようにベッドの生活であれば押入についても考える必要があるかもしれませんね。



次回も楽しみにして下さい。

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